夫婦になる以前、大学の最後の年の、今日のように月の明るい夜、夫が突然私を訪ねてきたことがある。
そのとき私は、家に一人でいた。両親は、前日から親戚の家に泊まりで出かけていた。こんな月のきれいな夜に、何か本音で語りあうことのできる相手がいたら、どれだけ素晴らしいことだろうと思っていた。

家は、隣だった。親達も互いに見知っていて、小さい頃には、このように唐突に訪問されることもよくあった。しかし、十代に入った頃から、そんなことは1度もなかった。だから私は、とても驚き、そして嬉しかった。

琵琶湖まで歩かないか、と彼は言った。
「大丈夫。僕もいるし、こわい事なんか何もないさ」
「でも…」
「いや?」
「ううん」
「じゃ、行こう」
「…。わかった。でも、ちょっと待っててね」
私は、冬のコートを引っぱり出し、着て行くことにした。季節は夏が終わろうとしており、日中の暑さが嘘のように、夜になると冷えた。特に、前日までの雨が上がったその晩は寒かった。