窓外に見る風景は、どこまでも途切れない。一瞬、切れた、と思っても、大きな川、すぐまた同じ街並みが始まる。電車は、夫が毎朝乗るのとは、反対の方向に向って進んでいる。
私たちの向かいには、小さな赤ちゃんをベビーカーに乗せた、東南アジアのどこかの国から来たのだろうか、若い母親がシートの端に座っている。赤ちゃんは、私と目が合うと、いつまでも私を見つめている。そして、無表情の母親。時々、赤ちゃんの頭を撫でている、それが、優しい母の手つき。赤ちゃんの父親は、きっと日本人なのだろう。
にっこり笑ってみる、とたんに目をそらされる。小さい両の手を、母親に向けて伸ばす。すごい、すでに手が意志を持っている。母親も気づいて、人差し指を赤ちゃんに握らせる。赤ちゃんは、母親の指をずっと握りつづける。
周りの乗客の視線が、赤ちゃんに注がれる。夫は、持参の小説を読んでいる。考えまいとしても考えてしまう。
昨夜、相手は、どんな人なのだろうか。年上、年下?眼鏡をかけている?髪は、長い、短い?背は?私よりも高いのか?どんな声?好きなことは?夫と、話が合うのだろうか?仕事は?普段、何をしているのだろう。料理は、上手?出身は?夫とは、いつどこで出会ったのだろう?
「ねぇ、何読んでるの?」
「ん、太宰」
「太宰の、なんていう題?」
「おさん」
「面白い?さっきから真剣に読んでるけど」
「…うん」
「どんな話?」
「別に、夫婦の話」
「そう」
私達は、周りからどう見られているのだろう?目の前の若い母親の目に、私達は、私は、幸福そうに映っているのだろうか?休日、電車に並んで腰かける夫婦。天気が良いので、散歩に出た。電車に乗って、遠くまで。これは、幸福なのだろうか。
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
かなり大きな駅を越えて数駅、ある町で、電車を降りる。