茶店で彼女を待つのは、本当に久しぶりのことだった。
学生時代、私達は、よく、喫茶店で待ち合わせをした。大抵、私の方が早く着き、本を読んでいることが多かった。人を待ちながら本を読んでも、全く入ってこなかったが、それでも、私は彼女を待つ間は本を読むことに決めていた。いつの間にか(の振りをして)、彼女が向かいに座っており、何読んでるのと聞かれるのが楽しみだったからだ。
「内角の和」
「何それ?どんな本?」
「演劇論だよ、鈴木忠志という人の。何が書いてあるのか、理解できない部分もあるけど、それでも、どこを読んでも、何度読んでも、常に新しいんだ。楽しいよ」
「そうなの。相沢君は、読書家ね」
     ***
今日は手持ちの本がない。メニューを眺めて、迷った挙句ブレンドを頼んだ。時間まであと15分程ある。さまざまな思い出がめぐる。めぐってはしばらく留まり、やがて消えて行く、そういう類の思い出。喫茶店の窓越しの世界は、暗い。沢山の人が、互いを認識しないまま、すれ違って行く。