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いくら、どれだけ小説を読んだところで、それで、何かを書くことはできない。何もないところには、何も生まれない。小説は、自分の中の虚空に、己の人生を種として生まれる。そんなの当たり前だ。しかし、その当たり前の事を、私は信じたくなくて、対象は、常に身辺にあって、それを掬い取ることが、小説なんだと、必死に、もがいてきたつもりだった。しかし、それすらも「ふり」だったというのだろうか。私は、私自身に嘘をついて、「私はそれでもやっている」と信じ込ませて、そうして、満足してしまっていたのだろうか。わからない。でも、否。小説には、作法がない。結局、何だっていいのかもしれない。しかし、私は、それすらも、そこにすらにも、立てていなかったのか。
実際、私は、こうすることに、痛みを、ほんの小さなものすら、感じることが出来ない。
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「何を、謝るの?」
「僕は、君に何かをしたかもしれないし、何もしなかったかもしれない。それは、今は自分でもわからない。ただ、今、僕は、君に対してなぜか申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
「…」
「だから、ごめん」
「…いいのよ、何もなかったから。だから、あなたが謝ることなんて何もないのよ。だから。ねぇ、だから、そんなに悲しそうな顔しないで。今にも泣いちゃいそうな。あなたはそんな人じゃ、決してない。今までも、これからも、ずっと」
私は、好きな女性を前にして、かつて何もできなかったし、今も、こんな今においても、何もできず、何も言い出せずにいる。私は、いったい何がしたいのだろう。
「本当に小説を書きたいんだ」
「そんなことわかってる。あなたは、小説だけを、書かなくてはならないの。そしてこれは、昔からあなたを知る、私の希みでもあるの」
「え?」
「あなたの小説を待っているのは、あなただけじゃない。私も、あなたが生み出す小説なしでは、これから先、生きていけない。まだ、生まれてないあなたの小説だけど、それだけは、確かなの。だから、世界で誰も認めなくても、私は、今この時に、あなたのまだ書かれていない小説を、心から認める事が出来る。それは、あなたが書くものだから。あなただというだけで、私には、間違いないの。そういうものなの。だから、」
「…」
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「ねぇ。私ね、京都に帰ったら結婚するの」