彼女をホテルまで送りとどけたあと、私は、やたらに、歩きたかった。このまま、すぐ帰るのはいやだった。だからと言って、他の店に行こうとは思わなかった。素面のままで、ただ、歩いていたかった。
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ホテルまでは、一言もしゃべらなかった。彼女が前を歩き、私が後からついて行った。彼女は一度も振り返らなかった。途中、道が覚束なくなったときだけ、立ち止まって道端の街路図を見て、そのときだけ、私も彼女と並んで、一緒に見入った。でも、そんな時間も少しだけだった。彼女は、それ以上の会話を頑なに拒んでいるようだった…。
ホテルの玄関まで来ると、彼女は振り向いて、さよなら、と言った。今日はありがとう。
「じゃ、また」
「おやすみなさい」
私は、一度も振り向かず、歩いた。だから、彼女がどうだったかは知らない。私を最後まで見送ってくれたのだろうか。
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そう遠くない場所に東京タワーが見える。
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あてもなく歩く。私は小説を書かなくてはならないということを、もう一度、頭に思い描く。小説を書かなくてはならないとは、どういうことだろうと思う。なぜ、書かなくてはならないのか。それは、「それを書くことで、人に伝えたい何かがあるから」ではないのか?だとしたら、今、私は、何を伝えたいのだろう。何を、伝えることが出来るのだろう。何を、伝えなくてはならないのだろう。
彼女が結婚するということ、私は、喜びたいと思う。彼女は、必ず幸せにならなくてはならない。そして、私では彼女を幸せにすることが出来ない。自分自身の生き方すらも定まっていない人間に、他の人の人生を巻き込む事は許されない。共に、はあり得ない。だからなのだろう、私は、彼女に何も言い出せなかった。今は、そう思っていたい。
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問う、私の表現を。
もう、静かに話を聞いてくれる彼女は、私の話に頷いてくれる彼女は、いないのだ。
問う、自分自身に。何があるのか。
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答え「空っぽ」
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私の中の暗闇が答える。
今の私には、何も表現できないのだ、結局。
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いったい何がしたいのか。
たまらなく雑踏に行きたい。