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ここら辺りで働く若い女性達とすれ違う。楽しそうに会話しながら歩いている。彼女たちも、今、食事から職場へ戻る途中なのだろう。皆、清潔そうで美しい装いをしている。特に、髪の感じが良いと思う。長い時間を、男性達と仕事を共にしているからなのだろうか、私のように、いつも家に閉じこもっている人間の装いとはちょっと違う。
私にも、こんなふうにきれいな街の職場で働いていたときがあった。短い期間だったが、今にして思えば少しもったいなかったようにも思える。でも、働いていたからと言って、その当時の私に何か出来ていたのだろうか。記憶に残る事なぞ何もなかったように思う。職場ではいつも時間がただ過ぎていくだけだった。結婚して早く抜け出したいと思っていた。そうして、その願いは思いのほか早くに達成された。結婚したいと思っていた相手と結婚する事が出来て、それで幸せなはずだった。…
子供はいない。今はもう、そのことが別にどうだとは思わない。ただ、いつも夫が見せるあの寂しそうな表情は、子供がいればちょっとは違っていたのだろうか。私にはわからない。
私はいつも、早く赤ちゃんを産みたいと思っていた。そうすればきっと、女として次の人生が始まるんじゃないかと思っていた。その期待にいつもわくわくしていた。一度だけ、夫にそんな話をしたことがある。そのとき夫は、ただ、「別に」とだけ言った。私には、夫のその答え方がものすごく寂しかった。
「別に…」
「別にって、あなたは他の人の子供を見てもなんとも思わないの?自分も欲しくならないの?」
「そりゃ、かわいいとは思うけど。でも、きっと大変だよ」
「そうだろうけど、でも」
「ま、ここは自然にお任せと行こうよ」
それ以上は会話にならなかった。