その同じ時期のある朝、湖の上空を一面に灰色の雲が覆っていた。
それを受けて湖面は鈍く光っていた。
その狭い砂浜を私は一人で歩いていた。四月から進学が決まった大学は、家から通える距離にあったから、これからもずっとこの大好きな湖はそばにあることがわかっていたのに、それでも、今この瞬間がかけがえなく、この上もなく美しく思えて、どうしても手放したくなかった。時間が止まればいいのにと思っていた。
木が倒れていた。木の上の方は湖に深く浸かっていた。それはとても大きく、私が今行こうとしている道を塞いでいた。そこさえ過ぎればもうすぐ河口なのに、どうしてもその木の塊が邪魔をして通れなかった。私は河口に出たいと思っていた。そこには適度の高さ、大きさの岩があって、遠く湖面に浮かぶ小さな島を、そこに腰かけてゆっくりと眺めることが出来た。そこに座れば、湖は一層、淡く、美しく見えた。
しかし、その時の私は引き返した。来た時の足跡をたどって、元来た道を引き返した。島は遠ざかって行ったが、振り返らなかった。相変わらず湖面は鈍く光っていた。波は静かだった。
この思い出には意味はないのだけど、何となくそんなことも思い出す。