店の中は混んでいたが、奥の壁際に一つだけ空いてる席があったので、そこに腰かけて、注文を聞きに来るのをのを待った。4人掛けのテーブル席に一人で座って。
若い女性の店員がすぐ来た。髪型が素敵だと思った。ブレンドを頼んだ。店員が置いて行った水は、ほんのりと生姜の香りがした。少しの距離でも歩き疲れており、のども渇いていたので、それを一息に飲み干した。
コーヒーが来るまでの束の間、喫煙の習慣もないので、することは何もなかった。こんな時、携帯電話を見るという選択肢はなかった。何もすることがなければ何もしなければいい、と思っていたから。そもそも携帯電話があまり好きじゃなかった。
辺りを見渡すと、スーツを着た人私服の人、若い人年取った人、実に、いろんな人がいた。グループもあれば、相沢みたいに一人だけの人もいる。こういう場所では、それぞれがそれぞれのリズムで呼吸をし、自分たちの世界で落ち着いている。そうして、周りの人を気にかけない。だから、こうして他人から観察されているという事にも、ほとんど気がつかない。そういった無防備さが、喫茶店にいる人にはある。それが、喫茶店でホッとできることにもつながっているのだろうけれど、ちょっと不思議な気がした。
店員のうち一人は忙しそうに動き回る。一方で、一人、年取った暇そうな店員が、ぼんやりと天井を眺めている。カウンターにもたれて、グラスに注いだ水を飲みながら。同じ天井を見てみたが、相沢には何も見えなかった。
ここでも相沢は一人だ。