ドアを開ける。いつものように、おばあちゃんがまず迎えてくれる。少し雨に濡れたコートを、ドアのところでハンガーにかけ、振り返ると、店内は空いている。私は、奥の4人掛けのテーブルに案内される。一人でそこに座る。メニューを覗き込むと、いつもと変わらない。私はホッ一息つく。これが、とってもいいのだ。
いくつかある大好きな料理の中から、今日はカニクリームコロッケを選んだ。頼んだら、まずスープがくる。程なくコロッケもやってくる。若いアルバイトの女の子が持ってくる。いつも、注文してから料理が来るまでが早くて、それもこの店のいいところだ。
フォークとナイフじゃなく、箸をお願いする。5分の1サイズに箸を入れ、何もつけないで、熱々のカニクリームコロッケを頬張る。
おいしい。
とてもおいしい。
私は、自分が料理がへたくそなのをよく知っている。それなのに夫からは苦情一つ言われたこと無い。それが彼に悪くて、いつかきっと、おいしい料理を作ってあげたいと思っていても、でも、なかなかできない。
彼は料理が上手だった。いつの頃からか全くしなくなったけど、土曜日なんかはよく晩ご飯を作ってくれた。ボールで何かをかき混ぜるときや、包丁を扱うときなんか、とても慣れた手つきだった。女の人のように、白く、細い手が、きびきび動いていた。コロッケなんかは、得意な方だった。
そういえば、彼もクリームコロッケが好きだった。はじめてここに一緒に来た時、クリームコロッケを食べていた。熱々の、今私が食べているのと同じクリームコロッケを。その時の夫の幸せそうな表情を思い出した。
夫は、作ることも、食べることも好きだった。