食事を終えて、喫茶店に行こうとぶらぶら歩き出したら、もう一度あの画廊に行きたくなった。喫茶店に行くのは辞めにして、画廊へ行くことにした。
相変わらず雨は降っている。しかし、私の中は暖かかった。さっきの良い光景がきっと効いているのだろう。目を凝らすまでもなく、どこにだって様々な素敵な事があるものだ。私達は時々、それを積極的に見まいとしているだけなんだ。
私は、なぜか今すぐにでも飛んで行って、あの真面目そうな若い画家の話が聞きたいと思った。猛烈にそう思った。一方で、夫の事は思わなかった。その時はそれには気付かず、ただ、幸せそうな他人の移り香が自分の服にしみ込んでいるのを感じているだけだった。そしてそれは、幸福な移り香が私に及ぼす作用だった。
いくつものブティックの前を通る。通りしな中を覗くと、入口のところには、大抵、店員の男性が立っていた。きちんとお勤めをしているのだなと思った。さっきの夫婦の会話を思い出し、少し微笑んでしまい、そんな瞬間には、少しの間立ち止まり、ピカピカに磨かれたガラスに映る自分の笑顔を見ては、また少し気分がよくなるのだった。
ほんの少し静かな街の一角、エレベーターの扉を閉めビルの4階へと上がる。その画廊には、程なく着く。
若い画家は、いた。一人で、白い壁際の椅子に座り、ぽつねんとしていた。一つだけある窓から、雨の降る外を眺めていた。はじめ、私が部屋に入っても気づかず、何か用事を思い出したかのように席を立ち、こちらを振り返ったとき、ようやく私と目があった。それは、少し驚いたような表情だった。