その日はいつもより早く家を出た。途中、二つ手前の駅で降り、ちょっとした買い物をしてから、歩いて店まで向かった。特にこれと言う事もないが、歩くことは好きだった。
大場が店に着くと、一緒にこのバーを切り盛りするもう一人の女性は既にいて、カクテルグラスを磨いて棚に収めたり、ウィスキーのボトルが置いてある棚を、きちんとそれぞれのラベルが正面を向くように注意深く並べ直したりしていた。
二人は、おはようございます、といつも通りの挨拶を交わした。
「ねぇ見て、私がお店の扉を開けた時、この子たちは目を覚ますけど、こうして、一本一本丁寧に並べ直してあげないと、本当に起きたとは言えないのよ」
「そうかい。それじゃ、もうみんな起きたのかい」
「ええ、起きたわ。でも、今日はいつもと少し様子が違うみたい…」
「雨だからかな?」
「もう降ってる?30分位前に私が着いた時は、曇ってたけど、まだ降ってなかったわ」
「いや、まだ。でも、夕方以降きっと降るって、予報で言ってたよ」
「そう…」
大場もそのまますぐ着替えた。シェイカーをカウンターの上の定位置に置き、冷凍庫から巨大な氷を流しにあけた。半分ほど崩して止め、グラス一杯の水で軽く口を濯いだ。これから閉店まで水一滴口にしないのだ。そうしていつも通りの開店を待った。その日も、いつもと変わらない、平凡な一日の始まり方だった。
女性が外看板の灯を点け、午後5時の開店を迎えた。…