店を出ると、すっかり雨はあがっていた。
今日はなんだか楽しかった。色んな事があった。早く家に帰ろう、そして、夫に会って、画廊の事、バーの事、そこで出会った変な人達の事を、久しぶりにいっぱい喋りたいと思った。夜風の冷たさが、興奮に火照った体には、むしろ心地良いくらいだった。
女はバーから一駅分ゆっくりと歩き、それから電車に乗って帰った。
     ***
店に残った相沢は、最後にハイボールを頼んだ。今日はじめて会った女性に話した事を、胸の内で反駁した。思い返せばそれはまるで、自分自身に聞かせる為の声のようだった。
「随分話し込んでたね」グラスを相沢の前に差し出し、大場が言った。
「はい、なんだかとっても楽しかったです。今日という日が、特別な一日になりました」
「ハハ、いつも言ってるよ。これで何回目の特別な日だろうね?」いたずらっぽく大場は言った。その目は優しさに満ち溢れていた。
「いつも特別なんです。どんな日も、特別で、私はほんとに、はち切れんばかりなんです」
相沢も言い返した。顔を少し赤くしながら、その目は純粋で、とても二十五歳になったとは思えなかった。まるで少年の様な目だった。