三連休の最終日、何もやることがなかったので、自転車で、通っていた高校まで行ってみた。

この20年で、ところどころ街並みが変わっていた。当時あった建物がなくなっていたり、当時なかったお店ができていたりした。もちろん20年前と変わらない風景もあった。

着いたときスマホで時間を確認したら、高校生の頃には15分だった道を20分かけていた。着ていたTシャツが汗でぐっしょり濡れていた。

裏門が空いていたので、関係者以外立入禁止の看板に怖気づきながらも、何気ないふりして入っていった。校舎は昔のままだった。当時すでに古かった自転車小屋もそのままだった。工事中の現場があり看板を確認したら、新しく「セミナーハウス」が建つらしかった。

いくつかの教室の窓が開いていた。そういえば自分も高三の夏休み後には、休日でも教室に来て自習していたなと思い出した。

そのまま一旦敷地を出て、フェンス沿いにグラウンドの方に回った。

部活している生徒は一人もいなかった。遠目からもアメリカンフットボールの練習道具とわかるものが部室の壁沿いに並んでいた。これは私が高校生の頃にはなかった道具だった。

部室の建物は当時のままだった。

自転車を停めてしばらく無人のグラウンドを眺めていた。

周囲を田んぼに囲まれた中に、私が通っていた高校はあった。季節は刈り取り時期のまっただ中だが、今日は、見渡す限り人影がなかった。ぼーっと立っていると、稲穂のにおいを含む風が心地よかった。

この田んぼの中の道を、当時よくランニングしていた。

不思議な気分だった。

ここ数年でも、昔のことを思い出すことがあった。でもその中に高校生の頃のことはほとんどなかった。実は自分にとってはあまり重要な時期とは認識していなかった。

でもここに立つと、しっかり、高校生だった自分を思い出すことができた。

それは今の自分の中に、しっかりと、存在していた。

思い出は、アメフトと太宰治に埋め尽くされていた。

異性関係はなかった。それでも、文化祭の後でなぜか自転車の後ろにクラスメートの女子生徒を乗せて走ったことがあったことや、部活が遅くなって、暗い道を女子マネージャーと並んで自転車で帰ったこととかを、自然に思い出した。

全然スマートな高校生ではなかった。でも、ダメはダメなりに、真面目に、目の前のことに向き合っていた。その先に今の私がある。このことは確かだと、感じられた。

田んぼに囲まれた高校の、誰もいないグラウンド。その向こうに広がる空。そしてそれらを眺める20年後の私。

過去と現在はしっかりつながっていた。

 

***

 

帰り、高校生の頃は一度も行かなかった、高校からすぐのところにある神社に立ち寄ってお参りした。それは何かに対しての感謝の気持ちを捧げたかったからだった。