夕方、少し距離のある駅への帰り道、今度は彼女が自動販売機でジュースを奢ってくれた。その時には、暑さも幾分かは落ち着き、時折は、風さえ吹いていた。
途中、駅へのバスに追い抜かれた。バスに乗れば良かったね、と言った。そうだねと、彼女も言った。
「でも、バスに乗ったら、駅に早く着いちゃうでしょ?」
「そのほうがなおさら良くない?」
「私は、歩くのが好きだから、ゆっくりでも良いから歩きたい。それに、歩いていたら思わぬ発見もする。例えば、観光案内に載らないような、お社。小さくて、可愛い神様が、私は好き。この町には、さっきからそういうお社がたくさんある」

駅に着いたのは、そろそろ辺りが暗み始める頃だった。
「次は、相沢君の住んでいる町を案内してほしいな」
「何もないところだよ」
「ううん、相沢君の好きな場所を案内してほしいの。観光地とかじゃなくても、何気ない風景とか」
「それなら、町をぬけて北の方へドライブしよう。神社が好きなら、一つすごい神社があるんだ」
「本当?ぜひ行ってみたい。きっと、お願いね」
「うん、」

しかし、この日の別れ際の約束は、後になって実現することはなかった。
一つには、夏休みが終わり、卒業に向けて二人とも忙しくなったこと。一つには、季節が秋から冬にかけて、遠出するのが億劫に感じられるようになったこと。そして一つには、相沢の方で、もともとあまり人と交わる事を好まない性格があったことによる。
それでも、そんな相沢でも、彼女にはよく声をかけた。時々は、街の喫茶店でコーヒーを飲みながら話をすることがあった。しかし、夏の日の約束が二人の口の端に上ることはなかった。
そして月日は流れ、卒業式の日を迎えた。