2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

*** 私は、古い家の庭にいる。そこには、すすきが枯れ井戸の周りをとり囲っている。その井戸の前に、まだ新しい摘み取ったばかりの秋の花が供されている。どこかで見たことのある風景だ。 井戸の底に小石を投げてみる。何も、音はしない。私は、しばらくそこ…

ゆめ。 皆が、私から離れて行く。「斜陽」のこの一節が、いつまでも残っている。時々、唐突に思い出す。

これは、小説か? *** こんな話を聞いたことがある。昔、男と女がいた。二人は幼い頃から互いをよく見知り、長じて、一緒に暮らすようになる。しかし、いつしか男の方で愛が醒め、他の女のもとに通うようになる。それでも、女は、夫が何をしに行くのかを知り…

大学近くの公園では、早咲きの桜が、すでに満開だった。 相沢は、仲の良い友人と、会場で並んで座った。学長の式辞は、長く退屈なものであった。辺りを見回すと、久しぶりの顔がたくさんある。しかし、そのほとんどとは話したことすらもなかった。相沢は、学…

卒業式の日、私は、母からのプレゼントのネクタイを締めていた。 それは、朝、家を出るとき母が手ずから私の首に絞めてくれた。水色のチェックの柄で春らしい、私はひとめ見て好きになった。玄関で、はいっと言われて渡され、その場で締めていたいつものネク…

夕方、少し距離のある駅への帰り道、今度は彼女が自動販売機でジュースを奢ってくれた。その時には、暑さも幾分かは落ち着き、時折は、風さえ吹いていた。 途中、駅へのバスに追い抜かれた。バスに乗れば良かったね、と言った。そうだねと、彼女も言った。 「…

今も覚えている。 八幡掘沿いの小道を歩いているとき、少しぬかるんだ道で、湿った土に、履いていた踵のやや高いミュールを取られていた。前を歩いていた私がふと振り向いたとき、足の指先についた泥を、少しかかんでハンカチで拭っていた。そうしている姿は…

「ねぇ」 「何?」 「相沢君は、…」 「何?」 「…。今日、楽しかったね」 「うん」 「また、行こうね」 「うん」かつて多くの商人を輩出した、その町を歩いたことがある。彼女は、古い洋館が好きだった。町には、そういった洋館があちこちにあった。彼女は、日傘を差さない人…

思い出す。私は、彼女と琵琶湖畔のベンチに座って一夜を明かした。彼女は、いろんな夜景を見たけど琵琶湖の夜景が一番きれいだと思うと言った。実際、目の前の夜景はきれいだった。決して多くはない街の明かりが、湖面に映り、遠くの山々は、上の方がぼんや…

会社が終わると、いつも行く喫茶店がある。 そこにはいつも座る席があり、いつも飲むコーヒーがある。モカ・マタリ。香り高いコーヒーだ。いつも座る席で、いつものようにモカを飲む。ほの暗い店内には、良い音楽が流れている。相沢は、その心地よい室内で、…

夕方の影は、既に長い。 相沢の部屋の窓からは、それでも陽が何に遮られることもなく差し込んできた。本棚の写真立てには、今もその人と並んで撮った卒業記念パーティーの写真がある。写真の中で相沢は笑っている。彼女も笑っている。しかし、今それを見る相…

その日以降相沢と彼女との間で連絡は途絶えた。

しかしその人には、相沢の知らない男性が恋人として存在するようになった。相沢が東京に住むようになって、しばらくしてからその交際は始まり、相沢は、それを彼女からのメールで知った。彼女から、相沢が問いもしないことを告げてきた。それは唐突な連絡で…

*** 書かなくては。 ここでは、自分のほか誰もいない。自分が存在したということを、書き遺すことで伝えたい。私には、私を伝えたい人がいる。懐かしいその人は、幸せになろうとしている。喜びたい、と思う。しかし一度、会いたい。会って、喋りたい。 ***

*** 1日欠かすと、もう何も書けなくなる。 力が満たないと、書けない。つまり、相沢は、今何も書けない。 ***

卒業式を終え、相沢は、伝えられない思いを胸に秘めたまま、大学の街を去った。それからは、時々のメールのやり取りが何よりも嬉しかった。自分はまだ離れていない、大丈夫だと思っていた。ちょうど一年、そんな関係は続いた。

琵琶湖を、その人と二人で歩いたことがある。盆前の蒸し暑い日の夕方、何か話しながら湖畔の道を。とても暑かったことを覚えている。 夢について。彼女は、良い母になりたいと言った。相沢は、特にない、ただ、何かものを書ける人間になりたいとだけ言った。…

「あの人は、今、何をしているだろう」最後に会ったのは、大学の卒業記念パーティーの会場でだった。そのとき、相沢君は四月からどこに住むのと聞かれて、「東京」とのみ答えた。「東京」 「そう、寂しくなるわね。私はずっとこの街にいるから、遊びに来る時…