2009-01-01から1年間の記事一覧

決意

やる、と決めたからには、やる。必ず。この、中途半端な人生を、やり直すために。悶々と、思い悩んで、なにかをしているふりをして、結局、何もやらないのは、もう、やめよう。3段しか飛べない人間が、100段跳べないからって、100段の前でじっとしてても、永…

映画は面白かった。 映画館を出て、携帯の電源を入れると、留守電が入っていた。父の携帯からだった。

店を出ると、すっかり雨はあがっていた。 今日はなんだか楽しかった。色んな事があった。早く家に帰ろう、そして、夫に会って、画廊の事、バーの事、そこで出会った変な人達の事を、久しぶりにいっぱい喋りたいと思った。夜風の冷たさが、興奮に火照った体に…

「いや、小説じゃないんです。村上春樹が、地下鉄サリン事件の被害者に対して行ったインタビュー集です」 「でも私は、これを読んで、事件についてとは別の部分でものすごく痛感して発見したことがあるんです。自分では大発見だと思ってます」 「何をですか…

「今日はじめて会ったあなたに、こんな話するのもどうかという気もするんですけど」オールドイングランドを一口飲んでから、相沢はゆっくりと話し始めた「私、ちっさい頃からずっと、自分が目を閉じるのと同時に周りの世界が無くなるもんだと思っていたんで…

「それを、ベンチに座ってボーっと見てたんです。で、そのとき何となく、あぁやってるなぁと思ったんです。曇ってはいたけど、まだ雨は降ってなかった。だから、いつまでも座れてた。辺りを見渡せば、そういう風にしてベンチで休んでる人は、意外といなくて…

*** 「…だから私は、こう思うんですよ」 一息ついて、大場が奥の相沢達のいる傍に来た時、話題は映画から離れていた。 「その画家さんはきっと、その瞬間までそんな、あなたに話したようなことを微塵も意識の表面には上らせていなかったと思う。それこそ、あ…

突然話を振られ、相沢は、無言ではにかんだ。その表情には、不思議な気まり悪さが漂っていた。 「これでも、ここで過ごす時間は、1週間に1度の特別な時間だと思ってるんですよ」苦笑しながら相沢はそう答える。 「またそんなこと言って」 女はニコニコしなが…

大場は、今年25になるこの青年を好ましく思っていた。西日本の田舎から出てきてもうすぐ2年が経とうとする。少しも都会染みていない、それでいて、卑屈なところもなく、弱冠、礼儀正し過ぎるきらいはあったものの、それでも、最近めっきり見かけることが少な…

「いやぁ、時々無性に食べたくなるんですよ」 「そんなに旨いもんでもないでしょうに」 「そうですけど、ああいうジャンクなものに、どうしても惹かれて…。2週間に1回は食べてます」 「ハハ、すごいなぁ。僕なんか、一度食べたら、もう3ヶ月はいい」 「普通…

開店して間もなく、常連の男性客が一人、濡れた傘を手にやって来た。 近くを散歩した帰りとかで、ビールを小ビンで一本飲みながらたわいも無い会話をし、30分程で帰って行った。それからまた店内には静かな時間が流れだした。 「やっぱり雨だとだめね…」 「…

その日はいつもより早く家を出た。途中、二つ手前の駅で降り、ちょっとした買い物をしてから、歩いて店まで向かった。特にこれと言う事もないが、歩くことは好きだった。 大場が店に着くと、一緒にこのバーを切り盛りするもう一人の女性は既にいて、カクテル…

*** この街で、古くからあるバー***に勤務するバーテンダー大場信幸は、家を出たとき、ふと空を見上げて、「今夜は暇だな」と思った。勤務先のバーでは、雨降る日は、いつも決まって、客足が遠のくのだった。

私にはこの街で行きたい場所があった。 かつて東京にきてすぐの頃、夫と二人で初めて行った、ある一軒のバーの、そのカウンターに二人並んでお酒を飲んだ。その事が私にはずっと忘れられない、幸福で、輝かしい思い出だった。 その時、夫にとってもそこは特…

「今日は、来て頂いて本当にありがとうございました。それも、二回も。もし、ここでの体験があなたにとって何か、ずっと記憶に残るようなものとなったのでしたら、私は、すごく嬉しい、描き続けて、本当によかったと思うことが出来ます」 若く、熱心な画家は…

「二人の画家が、同じ一枚の紙に向って描きはじめ、互いに干渉し合い、それでも互いを否定すること無く、そうして描いていって、もう完成しそうだと見ている私が思ったその時、画家達はそれを、その上に別の絵を描きはじめることで塗りつぶし、上にどんどん…

「これが、行ってみて、すごく驚いた」

「それこそ、明けても暮れても描き続けた。そんな時でした。友達がある集まりに誘ってくれて、それは、画家がまるで舞台のように、皆が見ている前で壁に絵を描いていくというもの、そこには、詩の朗読あり、音楽ありで、一種のパフォーマンスでしたが、私は…

「私が絵を描き始めた頃…」画家も、静かに語り始めた。 「私が絵を描き始めた頃、と言ってもそれは、大学に入って、本当に絵で食べていこうと真剣に志した頃という事ですが、その頃の私は、何を描いても、自分で描いた絵の中に、自分が全く無いように思えて…

私は人が変わった。 「わかった気がするんです」唐突に言葉が関を切ったように溢れ出た。「ずっと考えてたんです。あなたの絵の事を。そして、少しだけわかった気がするんです。あなたの絵は、いや、芸術は、一つ一つの世界をしっかりと見ることだって。世界…

食事を終えて、喫茶店に行こうとぶらぶら歩き出したら、もう一度あの画廊に行きたくなった。喫茶店に行くのは辞めにして、画廊へ行くことにした。 相変わらず雨は降っている。しかし、私の中は暖かかった。さっきの良い光景がきっと効いているのだろう。目を…

「寂しいねぇ…」 「でも、それでもまだ何軒かは昔から続いてるお店もありますし」 「そうは言っても、でもねぇ…、やっぱり少なくなったよ。何、こう言っちゃあ悪いが、やれブランドだ何だって、ああいう店はダメだねぇ」 「…」 「ツンと澄ましていやがる。こ…

静かに食べていると、店内には、私の他には、夫婦らしき男女が一組、あとは、この店のアルバイトの女性に、レジのおばあちゃん。時折、夫婦がぼそぼそと話す他には、誰も何も話さない。この夫婦は既に食事は終わっており、コーヒーを飲んでいるところだった…

ドアを開ける。いつものように、おばあちゃんがまず迎えてくれる。少し雨に濡れたコートを、ドアのところでハンガーにかけ、振り返ると、店内は空いている。私は、奥の4人掛けのテーブルに案内される。一人でそこに座る。メニューを覗き込むと、いつもと変…

この街では、いつも行く店がある。小さな洋食屋で、店内はもっとこじんまりしている。一人、会計台のいすに座っており、いつ行っても、同じ調子で迎えてくれる、そのお婆さんとは一度も話したことはないが、優しそうな、いかにも「おばあちゃん」といった感…

*** ふと、空腹になっている自分に気が付いた。 何か食べなきゃと思った。そういえば、お昼まだだった。昔から、お腹がすけば、もう、それ以外の事を考えていられない性質だった。今日はたくさん食べたい、と思った。そう思えば思うほど、一層、痛いくらいお…

しかしそれで金を得ることが出来るのか。誰かの評価を得ることが出来るのか。書き続けることが許されるのか。そうしてそれよりも何よりも、相沢に、本当に、何か物語と言いきれる作品を創ることが出来るのか。まだなにも出来ていない。そして、もうすでに、…

踏みとどまることが出来るのだろうか。 この世界に踏みとどまるすべを持っているのだろうか。ちゃんと生きていけるのだろうか。 …小説を書くことで。 小説を書いていきたい。

相沢は考える。 喰っていく必要があるのは間違いない事で、決して、のたれ死ぬようなことがあってはならない。誰にも迷惑をかけてはならない。自分の力で、「ちゃんと」生きていけるようでなくてはならない。 それで。 それで、私に何が出来ると言うのか。

店の中は混んでいたが、奥の壁際に一つだけ空いてる席があったので、そこに腰かけて、注文を聞きに来るのをのを待った。4人掛けのテーブル席に一人で座って。 若い女性の店員がすぐ来た。髪型が素敵だと思った。ブレンドを頼んだ。店員が置いて行った水は、…