2008-11-01から1ヶ月間の記事一覧

*** いくら、どれだけ小説を読んだところで、それで、何かを書くことはできない。何もないところには、何も生まれない。小説は、自分の中の虚空に、己の人生を種として生まれる。そんなの当たり前だ。しかし、その当たり前の事を、私は信じたくなくて、対象…

ほんとうに、書けるのであれば、書きたい。私に、書けるものがあれば。 「僕こそ書きたいよ。書けるのであれば。書きたいよ。でも、書けない。僕の中にも、僕の周りにも、どこを探しても、どこにも物語が無いんだ。書こうとして、でも書けなくて、その時はじ…

「でも、あなたは、今私は変わらないと言ったけど、それでも、なんというか、大きくなったところがあるように思う。大人になった、優しくなったような気がする。変わらない部分と、変わった部分が、ないまぜになって、時々顔を覗かす変わった部分が、私には…

イエスと言わない。 この心が。 *** 辺りは、他の客の会話でざわつき始めている。いつの間にか、カウンターの席はすべて埋まっている。私達は、それでも、私達の空間のなかで、お互いの温かな静けさを感じ合うことが出来ている。 いつも、会話は一方的だった…

「でも、いつも思っちゃうんだ。能楽堂を出たら、あたりは真っ暗になっていて、他の人に混じって、でも一人、ぞろぞろと駅まで歩いて、何台もの車に追い越される。やっと駅について、切符を買って、ホームで電車を待って、少し待てば、電車は来る。乗る。吊…

「関寺小町?」 「うん。数ある能の曲の中で、最奥の曲とされていて、ほとんどの能楽師がこの曲を披くことなく終わるような曲」 「すごいんだ」 「むちゃくちゃ。観て、人生が変わった。」 *** 「この能は、永遠と時間を描いた能で、 百歳の小町は移りゆく存…

熱いシャワーを浴びた後、ベランダの洗濯物をといれるときの、夜風の心地よさ、その時のような感じ。彼女がいるときはいつもそうで、彼女が、ただそこにいれば、それだけでもう大丈夫なのだ。やさしい何かに撫でられているような気分になれるのだ。 暗い店内…

私達は、久しぶりに再会したが、それは、本当に久しぶりであるにもかかわらず、昨日からの連続の出来事であるかのように思えた。そして、その昨日、私達は、笑いあって別れたような、そんな、別れであった。実際、今、何も思うところなく、私は笑い、彼女も…

これは、村上春樹が描いた、世界の終りだ。 ヴィルヘルム・ハンマースホイの描く世界。風景画の、雲は、作者の想世界の果てであり、意識の層が、あの、幾重もの雲。死者の町。人々の時間は、重ならない。時を共有せざる者たちの集まり。夢、あくまで、画家の…

変わっていない。久し振りの印象はそれだった。あの頃と、少しも変わっていない。 彼女は遠くから、私に気づくと手を振って、そして、笑っている。久しぶりの笑顔に私は、なんだか昔に帰るような気がした。こちらも、笑って応える。彼女はいつも朗らかに笑っ…

コーヒーから立ち上る湯気が、いつの間にか消えて、そろそろ彼女が着く頃になっていた。携帯電話に、メールが入っていた。気付かなかった。「予定より早く着きました。場所が分からないから、来てくれない?お茶の、大きな看板の下にいます。」 会計を済ませ…

ほとんどが、もう二度と会うことが無いのだ。それぞれの世界は決して交錯しない。 *** 彼女と最後に会った時、別れ際、目を合わせることが出来なかった。あの時、街へ、喫茶店の外に向かって、店の階段を登って行く彼女が、段々遠くなる背中は、小刻みに震え…

喫茶店で彼女を待つのは、本当に久しぶりのことだった。 学生時代、私達は、よく、喫茶店で待ち合わせをした。大抵、私の方が早く着き、本を読んでいることが多かった。人を待ちながら本を読んでも、全く入ってこなかったが、それでも、私は彼女を待つ間は本…

学生時代を通じて、最も親しく(といっても友人はそれほど多かった訳ではないが)付き合ったのが、彼女だった。彼女は、私の話に注意深く耳を澄ませてくれ、私が話し終えると、いつでも、「そうなの、相沢君は、そういうことを考えてるのね」と言った。それだ…

*** 懐かしい人が訪ねてくる。久し振りの再会である。

幼稚園の卒業式の写真で、母は桃色の着物を着ている。 その横で、私は唇を噛んで、幼稚園の名前が刻まれた門にもたれかかっており、私の頭の後ろに、母の手が添えられている。

妹が生まれたとき、母が言った。 「この子は、死の影と共に生んだの」 母は泣いていた。祖母も、父も泣いていた。そのとき3歳になったばかりの私に、その意味を理解することはできなかった。無邪気な私の前で、生まれたばかりの妹の陰で、しかし死は確かにう…