会社が終わると、いつも行く喫茶店がある。
そこにはいつも座る席があり、いつも飲むコーヒーがある。モカ・マタリ。香り高いコーヒーだ。いつも座る席で、いつものようにモカを飲む。ほの暗い店内には、良い音楽が流れている。相沢は、その心地よい室内で、好きな小説のこと、能のこと、そして、自分自身の将来について、思いを馳せることが好きだった。そしてそれは、相沢にとってかけがえのない時間でもあった。

しかしその日、どうしてもいつものようには出来なかった。頭が、同じ一つのことの周りを旋回した。考えまいとしても止まらなかった。閉店。帰り道、自分とすれ違う二人連れは楽しそうであった。

いまさら気づいても遅い気持ちに、いまさら気づいたと思った。結局、自分にはこうなる運命だったと、思うより他なかったが、それでもある複雑な気持ちは、その日以降ずっと、糸を引くように残った。