どんなに遅くなろうとも、私は起きて待っていた。玄関の鍵を開ける音がして、それから夫が荒い息をして部屋に入ってくると、私は黙ってコップ一杯の水を差しだした。夫はそれを受け取ると、一息に飲み干した。手の甲で口を拭う夫の眼は、充血していた。
私は、いすに座り、そんな様をじっと見ていた。かわいそうな夫を。
「君は、僕を恨むかい?こんなに遅くまで、君を一人家に待たせる僕を、恨むかい?」
「私は、ただ…」
「君は、安心していいんだ。いや、こんなこと僕が言わなくとも、君はいつだってちゃんとしている。僕は、そんな君を見て、本当に幸福だと実感するんだ。君は、そのままでいいんだ。安心して、いいんだ」
「これだけは信じておくれ。僕は、いつだって君の事を想っている。何をしていても、片時だって君の事を想わない時はない。変わらない想いをずっと抱いている」
「それでも、時々たまらなく不安になるんだ。君は、僕を疑うんじゃないだろうか?こうして、君の元に早く帰らない僕を、君は信じることが出来なくなるんじゃないかって」
「私は、…いつだってあなたを信じている。ただ、」

どうしてこんなに言葉を費やすのだろう。なぜ、何も言わずに飲み干したコップを置くだけのことが出来ないのだろう。そうして、無言でお風呂に入って、そのまま眠ってくれれば、私も夫の横で、夫の温かさを感じながらぐっすり眠ることが出来るのに。
かわいそうな夫。どうして、私をこんなに怖れるのだろう。