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   黒塚
破れ家に一人住まう女は、美しかった。ろうが溶けるような美しさだった。決して若くはないが、ある潤いを内奥に秘めていた。それは、長く閉ざされていた情念の水だった。
長く人と会わなかった。訪ねてくるものは誰もなかった。それが、ある夜逞しい僧が偶然宿を請うた時、不意に、女の中に眠っていた何かが目を覚ましたのだった。
一度は断った女が、それでも家の戸をあけ、僧を招き入れたとき、戸を開ける女は、僧を一人身の家に迎え入れる女は、静かな、ほのかな陽炎の揺らめきにも似た空気の揺れを産むような動きだった。それは、僅かずつの動きだった。本当に静かに、ためらい勝ちに。僧は、女の中に引き込まれるように、荒れ果てた家に入って行った。
女は、僧をもてなす。もてなすうちに、おのれの花の過去の情景がありありとよみがえってきた。哀しみが込み上げてきた。多くの男が甘い言葉を持ち寄っては、女の上を通り過ぎて行った。女は、男たちを受け入れることしかできなかった。断ることのできない性質の女は、善悪左右の判断に先立ち、すべてを流れに任せていた。
しかし、そんな女に対しても、時の流れは冷酷だった。
若さは、瞬く間のうちにどこかに捨て置かれ、いつしか、中年の域に差し掛かっていた。
いつしか、女を訪う男は誰一人としてなくなった。
女は宮中を辞した。ふるさとのはずれに、一人、粗末な家を建て暮らした。村の若い娘が、身の回りの世話の一切を引き受けてくれた。
女は一人、仏道に励み、しかしそれでも、思い起こされるのは帰らぬ過去であった。
「それでもあのとき私は幸福だった…」
自分で選んだとはいえ、寂しかった。
ある夜、女は自殺した。あとに粗末な家が残った。その家も、年月とともに、朽ち果てて行った。
しかし女の魂はその家に残り、鬼となった。
すべての男達に復讐するために。