蝉丸
母は、弟を産むと死んだ。
私は、弟が物心つく前から、母になりかわり弟の世話をした。弟は、生まれつき目に難病を抱えており、しかも、手伝いのおばさんになぜか馴染まなかったからだ。本当に手がかかった。それでも、私にはたった一人の弟だった。この可愛い弟は、私が育てた。
私の結婚の前日、父と弟と三人で晩ご飯を食べた後、レストランから家への帰り道、父の後ろを私と並んで歩いていた弟が、唐突に「これからは姉さんは自分だけの幸せを願えばいいんだから。僕も、姉さんが幸せになるのを願ってる。本当におめでとう、姉さん」と言った時、私は、涙がこみ上げるのを止めることが出来なかった。
二年後、突然、父が事故で死んだ。弟は、実家の近所の親戚のうちに引き取られた。
ある夏の日、思い立って私は親戚の家へ弟に会いに行った。結婚後、夫の仕事の都合で実家から遠く離れたこともあり、また、私自身の仕事も忙しかったこともあり、実家には一度も帰らなかった。父の葬式以来、実に三年ぶりの再会だった。
     ***
「姉さん、それでも僕は幸せだよ」
健気だった、私の、たった一人の肉親。親戚の家の玄関の隣の部屋で、弟は、見えない目で窓の外を眺めながらこう言った。昔の面影のままに、