堀の濁った水の中を泳ぐ、魚の影が見える。
頭を頂点にして、きれいな三角が水面に描かれる。裾を広げながら、その三角は前に進んでいく。ゆっくりと、それでいて迷いなく。人間もこんなふうであればいいのにと思う。でも、いろんな事が多すぎて、こんなふうに進んでなんかいられないんだ。進もうと思ったって、きっと何かにぶつかるに決まってる。そうして、いつのまにか最初に行きたいと思っていた方向とは、全然違う方向に向かって歩いている。
障害物が多すぎる。好きなように生きるのを寄ってたかって邪魔しようとする。ほんとはこんなはずじゃなかったのにと思っても、ずるずる引っ張られていく。
堀の水は濁っている。私達の生きるこの空間も、同じように濁っている。ただ、私達には気づけないだけで、確かに濁っている。そうしてその濁りは、私たち一人一人の存在の事でもある。私達は魚と違い、この濁りを通り抜けることが出来ない。濁りにぶつかったら立ち止まって、ちょっとずつ進路を変えていかなくてはならない。
そんなことを考えていたら嫌になったので、考えるのをやめた。
幸せなことを考えていたい。
私は幸せになりたい。…
札を貰って、公園の大きな門をくぐる。石垣がいかにもどっしりとしていて安心する。とっても大きな石たちが、それぞれがばらばらな形なのに、きれいに組み合わされている。私はこんな石垣が好きだ。きっと、何人もの人がこの石垣を見て、感心したことだろう。これなら、どんな敵が攻めて来たって安心していられる。
ここらには人がちらほらといる。観光客も。私よりもゆっくりな彼らを抜いて、坂を行く。息が上がる。明らかに運動不足だ。それでも登りきって、少し行くと、そこにはだだっ広い空間があった。昔の御殿の跡だそうだが、そんなことはどうでもいい。ただ広いのがよかった。解放感。本当に広々としていて、よく手入れされていた。都会の真ん中に、こんなに清潔で静謐な空間があったんだ。なんだか嬉しかった。芝生の上を歩いてみた。柔らかさが伝わってくる。こんなの、実に何か月ぶりの感触だろう。
ここは優しいと感じる。