周りはいつも静かだった。
放課後の図書館で本を借りるとき、新任の図書の先生はきれいな人だった。同じ高校の同級生の男子のお姉さんだった。私はその先生の事が好きで、よく話に行った。静かに囁くように喋る先生から話を聞けるのが、楽しかった。例えば大学の話、都会の街の話、アルバイトの話。知らない世界の出来事に、いつもときめいていた。そうした時間達は、今思えば田舎の片隅に住む幸福な少女のひとときだった。
何事もなく時が流れ、大学受験も終わり、ついに卒業式を迎えた日の夕方、図書室で最後に先生と会話した。先生は、今日で最後ねと言った後、その同じ口調で、同じトーンで、「恋愛しなさいね」と言った。
「とても大事なことよ」
「…」
何と答えたのかは忘れた。たぶん、「はい」と答えただけで流したのだろう。その時は、それ以上会話にならなかった。私の顔はたぶん赤くなった。先生は笑っていた。そうして私の髪をそっと撫でてくれた。こんなこと初めてだった。そしてそれは、先生と私との最後の最後の出来事だった。