突然話を振られ、相沢は、無言ではにかんだ。その表情には、不思議な気まり悪さが漂っていた。
「これでも、ここで過ごす時間は、1週間に1度の特別な時間だと思ってるんですよ」苦笑しながら相沢はそう答える。
「またそんなこと言って」
女はニコニコしながら「でも、分かる気がします…、一人でいても、ものすごく居心地いいから」
「そうなんですよ」相沢は強い口調で同意した。「何もなくても、春の静かな湖の底にたゆたうような、楽な気持でいられるんですよ…」
「変でしょう?この人」相沢の発言が面白かったので、少しの皮肉も害意も込めずに大場は女に尋ねた。
「少し、ね」打ち解けた様子で女は答えた。
この「少し、ね」と言うのを聞いて、大場は、女の年齢を相沢よりも5・6歳年上なのだろうと思った。
     ***
「最近は映画は観てないの?」
「こないだ『2001年宇宙の旅』を観ました」
「こりゃまた、随分古いの観て…」
「いやぁ、でも、私今回が初めてでした」
「あ、そうなの」
「えぇ、もう、めちゃくちゃすごかったです。映像も、音楽も、全てよかったんですけど、何よりも、HALが怖すぎて…。やっぱり、人間は道具に支配されるようになったらおしまいだと思いました」
「ハハ、そうだねぇ」
「すいません、何ていう映画でしたっけ?」不意に女が質問した。
「『2001年宇宙の旅』っていうんです。ずいぶん古い映画で、私も今日初めて見たんですけど、ものすごかったです」
「へぇ〜、どんな話なんですか?」
「う〜ん、ものすごく説明しにくいんですけどね。猿が獣の骨を道具として使うようになってから、遠い未来に、それが映画では2001年だという事なんですけど、遂には宇宙まで行けるようになって、その時に宇宙船につけられたものすごいコンピューターがHALって言うんです。これが人間に対して…」
相沢は熱心に説明を始めた。その様子を見て、女も迷惑そうでなかったので、程なく大場はその場を離れた。自分の好きなことについて、喋り出すと止まらないのが相沢だった。離れ際に「自分の話に熱中してあまり迷惑かけるんじゃないよ」と暖かく言い添えた。
女は、「迷惑だなんてそんな…。すごく面白いし、私も聞きたいんです」と言った。
     ***
狭い店内に、相沢のぼそぼそ喋る声だけが聞こえる。それに時々女が質問や、相槌を挟む声がする。その光景を見て大場は、「よかった…」とホッとするものを感じた。父親のような心境だった。
     ***
その内にまた、客足が盛んになってきた。
忙しさの中でふとカウンターの奥に目をやると、相沢は女の隣の席に移動していた。もう一人の女性店員が「あんまり熱心にお話をなさってるもんだから、私がお勧めしたの」と言った。大場は「そりゃいい」と言った。