先日、休みの日に、西国三十三所のひとつ松尾寺を訪ねた。当初は、同じく三十三所の長谷寺へと思ったが、紅葉時期に重なりおそらく相当混雑しているだろうということで、行き先を変えた。

舞鶴若狭道を使えば住む町から2時間弱の、快適な道中だった。

舞鶴東インターを降りてからしばらく国道を走り、途中で脇道にそれ、山中の狭い坂道を登って行けば、迷うことなく到着した。着いた時に幸い駐車場が一台分空いていた。

ささやかなお寺の本堂で、持参した蝋燭と線香を供え般若心経を唱えた。一緒に行った人も蝋燭と線香を供えた。

納経所で御朱印を受けた。それを見て同行人も納経帳を購入して同じように御朱印を受けた。せっかくだから記念にと言っていた。これからさき、何年もかけて一緒に巡礼することになるのかなと思った。

境内は銀杏の黄葉が、地面に敷き詰められた感じであった。納経所の人に聞くと、昨日からの雨風でだいぶ落ちたとのことだった。

昼食は、下山してからネットで調べた西舞鶴のお店でとった。少し待ってから席に着き、注文した刺身八種盛りの定食は、美味しいだけではなく安かった。大変満足した。一緒に行った人も美味しいと言っていた。他にも客が結構いて、マスクをしていなければ、コロナ前と変わらないと思った。

それから、天橋立近くの札所まで足を伸ばそうかとも思ったが、時間が結構かかりそうだったから、やめて、かわりに若狭姫神社、若狭彦神社、それから神宮寺に向かった。以前、白州正子さんの書かれた本を読んで、いつか行ってみたいと思っていた場所だった。

途中、道の駅に寄ったら、ものすごい人出だった。

だんだんと、夕方近くになっていった。遅めの時間帯だったからか、どの神社も寺も、他に人はいても2、3人だった。この三つの場所に、この日このタイミングで行けたのは、何かに導かれるようであった。

最後の神宮寺に着いたのは閉門の少し前だった。この日に訪ねた中で、ここの紅葉の美しさは格別だった。そして少し肌寒いために、静かな空間で一層心が澄むようであった。でもそれら以上にこの場所を厳かにするものがあった。それが何であったのか、言葉で言い表すことはできない。

いろんなことを思った。死んだ後輩のこともよぎった。

それでも、しかし私は同時に、生かされている自分は満ち足りていると思った。もしこの状態を幸せというのであれば、そのことを素直に受けたいと思った。

境内を一通り巡って、最後にお水送りに使われる井戸から流れる水に両手を浸した。柔らかい水だと思った。同行人も、そうですかねと言いながら両の手を浸していた。同じ水に同時に手を浸したこの行いが、振り返ると何かの儀式みたいに思えた。

全部終わって、すでに閉じられていた門から境内を出るとき、戸を開けてくれた人が、私たちを見送りながら、ここを管理して守っているつもりでも、じつは自分の方が何かに守られていると感じると言っていた。

帰り道は高速を使わずに鯖街道を通っていった。帰ってから自宅で白州正子さんの本を読み返したら、白州さんも初めてのときは、この日の私たちと同じように、松尾寺からの帰路でたまたま、若狭姫神社、若狭彦神社、神宮寺を訪ねていた。その道中が、改めて印象的な筆致で描かれていた。

しかし私たちは白州さんと違い、白州さんが神宮寺の次に向かった鵜の瀬には行かなかった。すっかり日が暮れてしまっていたからだった。白州さんにとっては鵜の瀬こそがクライマックスだったのにと、すこしだけ残念に思った。