どこ行くというあてもなく、歩き始める。透明の日差しを受けた道の上、落ち葉を踏む音も心地よい。
この人はどこに行こうとしているのだろう?私は知らない。いつも、ただ、ついて行くだけで、それでも、きっと、私の知らない素敵なところを案内してくれた。だから私は、安心して夫に委ねることが出来た。これでいいのだと思っていた。いつの頃からか、夫についていこうとしても、夫が進む歩調と、私の歩調がかみ合わなくなった。夫が向かう先に、私はついて行くことが出来なくなった。そしたら、夫は寂しく笑い、しかし、私には行くことが出来ない場所を見つめて、一人、歩き続ける。私は、ただ見送るだけ、それだけしか出来なくなった。
私に、何をして欲しいのかも、どうあってほしいのかも分からない。私の前で苦しそうにしている。私は、いつでも彼の手を握ることが出来る。彼の震える両手を、私の手で包み込んであげたい。でも、私には何も求めてはくれない。
「ほんと、良い天気だね。秋だね」
「ほんとうに」
日中は暖かく、少し歩いただけで汗をかく。夫は、長袖のブラウスを脱ぎ、肩に掛けている。
「どこに行くの?」
「適当に、とりあえず駅に行こう」
それでも、こうして一緒に出歩くのはいつ以来だろうか、ずいぶん昔の気がする。以前は、よく二人で歩いた。知らない町を歩いて、途中、気になる喫茶店があれば、コーヒーを飲むのが楽しかった。その店のブレンドを飲みながら、地元の人に交じって静かにくつろぐ。会話がなくても、温かいものが通っているのを実感する。好きという気持ちが、こんなに幸せな時はなかった。