考えるのをやめたら、電車はいつの間にか、降りるつもりでいた駅を過ぎていた。この時間帯は快速運転になっており、目的の駅は通過駅だった事に気づいた。もうすでに三駅離れており、反対方向へ乗り換えるのも面倒だったし、それほどこだわりもなかったので、しばらく先に行ったところにある、東北の玄関口にあたる駅まで行き、そこで降りた。目の前の営業マン風の男は、まだ乗っていた。相変わらずパソコンにじっと見入って仕事している様子だった。席を立つ時、彼に対して心の中でお疲れ様と言った。
その駅で降りるのは久しぶりだった。改札を抜けてすぐに大きな公園に続いているので、目的もなしに行ってみた。天気は良く、季節的に珍しい暖かさだった。これなら散歩にちょうど良いと思った。
公園に入ってすぐ右に、大きな美術館がある。ずっと前に実家から母親が来た時に、一緒に行って以来だった。その時は常設展だけだった。今日は特別展をやっているようだったが、混雑している様子だったので、通り過ぎることにした。絵を見るという当初の目的は、既に脇に追いやられていた。
木に葉はなかった。道端の落ち葉は、掃除されていた。或いは、風に吹かれて脇に追いやられていた。木々の間の道を、ベビーカーを押した若い母親や、老人が多かった。皆ゆっくりだった。
東京へ来た当初、よく文学作品の舞台として登場するこの辺り一帯を、相沢は休日の度に電車でやって来ては歩き回った。地図は持たなかった。変わりに、漱石の小説を手にしていた。小説にも登場する有名な店で食事したときなどは、いよいよ来たんだという実感に嬉しさが込み上げたものだった。しかし今はもう、その当時の感覚は露ほどにも残っていなかった。他のどの駅とも同じ、東京の、大勢の人でごったがえした、たくさんある大きな駅のうちの一つだった。…
噴水の方へ歩く。まっすぐと噴水に続く大通りの先に、日本でも有数の博物館がその中心を正面に据えていた。背後には青空があった。立派だった。と、不意にどこからか音楽が聞こえてきた。見回すと、大通りから逸れた木陰で、若い男性がバイオリンを奏でていた。聴いたことのあるメロディーだった。急いでいなかったので、近くのベンチに座って暫く聴くことにした。男性の前のバイオリンケースに500円玉をそっと置いた。男性は、演奏しながら軽く目配せし、会釈を返してくれたような気がした。
心地よさの中で、気持は満ち足りた。太陽も眩しくなく、ただ温もりだけをコートの上に届けてくれた。そうして、いつしか音楽はまどろみの中。
…気付くと、そこかしこにスケッチしている若者がいた。この近くに芸大があることに思い至った。目の前のバイオリンの男性も、或いはそこの学生なのかもしれない。