「今日は、来て頂いて本当にありがとうございました。それも、二回も。もし、ここでの体験があなたにとって何か、ずっと記憶に残るようなものとなったのでしたら、私は、すごく嬉しい、描き続けて、本当によかったと思うことが出来ます」
若く、熱心な画家はそう言ったが、私の方こそ彼に感謝してもしきれないのだ。
「…いや、その、何というか、私こそ、私の方こそ、胸が一杯で。普段じゃ思いもよらないことを、何でだろう、今日は、たくさん感じることが出来て。そしてそれらは、私にとって、間違いなく特別な、かけがえのない体験として、これからもずっと残るように思います。なんと言うか、その、これからも、たくさんの絵を、きっと描き続けてください。私は、また次の個展で、あなたの新しい絵を、あなたが切り取った新しい物語に出会えるのを、心から待ってます」
私がそう言うと、何も言わずに画家は、手を差し延べた。私達は握手した。固く、力強く。温かな画家の手だった。それまで長い事、男の人と握手していなかった。その思いがけない感触は、その後、いつまでも私の掌に残った。決してそれは心地悪いものではなかった。
今度こそ、私はその画廊を後にした。きっとまた来ようと思いながら。
外は雨降り、私は傘をさして道に出る。雨の中、街灯りが霞んで見え、時刻はいつしか、火灯し頃。画廊でのあの時間は、あっという間のようで、ずいぶん長い間の出来事だったのだ。