re:

(とてもプライベートな表現です。)

 

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オリンピックの閉会式が終わりました。

私たちが含まれる世界に、何か、スウィッチが押されたように思いました。その先の世界に、何が待っているのか、あるいは、私たちは、これから世界で何をしていくのか、そんなことを考えながら、寝苦しい夜を、エアコン入れず、扇風機からの風だけを頼りに、眠りにつこうとしていました。

日中はあんなにも風が強かったのに、窓を開け放しても、今夜は、そよとすら風は入ってきません。

私は、眠るのを諦めて、隣の部屋で眠っている両親を起こさないよう静かな足取りで、階段を降り、今、一階のキッチンのテーブルについてこのPCに向かっています。

 

37歳。

いま、私は37歳です。もう少し歳を重ねた自分が、そう、たとえば50歳になった自分が、今の、37歳の私を振り返ったときに、この今の自分は、どのような思い出として映っているでしょうか。

私は想像します。それもかなり確かな想像です。

 

「何もしていなかったなあ。」

 

50歳の自分が、今夜みたいに寝苦しい夜に、過去の自分を振り返って、こう呟いている小さな声が、聞こえてくるようです。それはまるで、天井から降り積もる季節外れの雪のような、小さな粒子状の声です。

その声を聞いた37歳の私は、幸運なことに、自分が今37歳であることに改めて気づきました。そして次のように思いました。

 

もしかしたら、今、自分は、50歳の自分が37歳からの自分を、生き直しているのではないか。

  

「re:」

 

今日の記事の題名に、深い意味を込めている訳ではありません。

 

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世界にまだLINEなどなかったときに、私からの誰かへのメッセージのやり取りは、常に「re:」から始まった。私から、メッセージを送信することはなかった。私からの発信は、いつも、誰かへの返信であった。かつて親密になった人からこう言われた。「あなたから何か声をかけられたことは一度もなかった。いつも私からだった。」

 

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いま、日付変わって、2021年8月9日、深夜0時50分。

眠れない今夜、私は、また過去を思い出している。私は、もう10年以上も前、今いる世界がどこか自分のいるべき場所ではないような気がして、そこから抜け出したくて、抜け出した先には、本来自分がいるべき世界が今度こそあるのだと信じて、言葉を、発していた。

そのとき私は、誰かへの返信ではない声を発していたような気がしていた。それは、自分自身に向けた声だった。私は、物語を書いていた。いつからか、物語を書くことで、その物語を通して、自分のことが、少しは許せるのではないか、認められるのではないかと思うようになっていた。

物語を書き終えた。

でも、その物語の存在を知り、いつかはと、完成を待っていてくれた人に対し、公開することができなかった。したくなかった。それはとてもプライベートなものだった。私そのものだった。だから、それを私は秘した。そうするしかなかった。でもそのせいで、私は、その人の気持ちを、結果として裏切った。

私は逃げるように東京を去り、生まれ育った街に帰った。

帰った場所で、私は自分を、まるで湖の底に沈めるように静かに葬り、ずっと、毛布に包まれた人形のような魂を抱えた生活に安住し、日々を送ってきた。

 

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これは誰への返信か。

あの時への返事を、私はまだ書いていない。

もう十分だろう。

 

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私は物語の続きを書きたい。